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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1641号 判決

事実

被控訴人西神納農業協同組合は請求の原因として、被控訴組合は農業協同組合法に基いて設立された農業協同組合であり、同法及び被控訴組合の定款によれば被控訴組合は組合員以外の者に資金を貸しつけることはできないことになつているにもかかわらず、昭和二五年四月一日より昭和二七年三月二八日まで被控訴組合の組合長の職にあつた控訴人は、同二六年三月一二日非組合員である訴外株式会社岩船農工公社に組合資金五十万円を貸しつけてその回収が不能となり、よつて被控訴組合に右金額に相当する損害を蒙らせたので、控被訴組合は控訴人に対し、右金五十万円及びこれに対する完済までの遅延損害金の支払を求めると述べた。

控訴人は抗弁として、本件貸付は当時の被控訴組合の専務理事と金融係によつてなされたものであつて、非常勤であつた控訴人の関知しないところである。仮りに控訴人が本件貸付に関与したことがあるとしても、本件貸付は農業協同組合法及び被控訴組合定款で禁止された非組合員に対する資金の貸付には該当しない。何となれば、同法及び定款の規定によれば、農業協同組合は組合員以外の者にその資金を貸しつけることができないことになつているが、一面、組合員の生産する物資を加工し、または組合員の生活に必要な物資の供給に関する事業を行い、また組合員総会の決議を経て他の会社団体に出資することは許されているのである。ところで訴外岩船農工公社は被控訴組合と岩船郡下の他の農業協同組合の共同出資により本来各農業協同組合が自己の事業として行い得べき組合員の生産する菜種、米糠等の搾油を目的として設立された会社であるが、このような会社の盛衰は直ちに出資組合延いてはその組合員の利害に影響を及ぼすものであるから、その目的事業を保護助成することは、むしろ、出資組合として当然なすべき義務であるというべきであるから、本件貸付は法令の禁止する非組合員に対する資金の貸付には該当しないものであると述べた。

理由

被控訴組合が農業協同組合法に基いて設立された農業協同組合であり、控訴人が昭和二五年四月一日より昭和二七年三月二八日まで被控訴組合の組合長であつたこと、法の規定に副つて被控訴組合の定款に組合は組合員以外の者に資金を貸しつけることができない旨の規定があること及び昭和二六年三月一二日被控訴組合の組合員でない訴外株式会社岩船農工公社に対し、被控訴組合の資金五〇万円が貸しつけられていることは、いずれも当事者間に争がない。

被控訴組合が、右貸付は控訴人によつてなされたものであると主張するのに対し、控訴人は、右貸付は当時の被控訴組合の専務理事と金融係のなしたもので、非常勤であつた控訴人の関知しないところであると抗争するので、先ずこの点について考えるのに、証拠を総合すれば、昭和二六年三月頃前記訴外岩船農工公社は控訴人に対し搾油の原料である大豆の購入資金五〇万円を被控訴組合より貸与して貰いたいと依頼したところ、控訴人は、組合からは組合員でない者に資金を貸しつけることはできないところから、被控訴組合の専務理事及び金融係の者と相談して融資の便法をはかつた結果、被控訴組合において大豆を購入し、その加工を前記訴外公社へ委託するという形式をとつて資金を貸しつけることとし、被控訴組合から訴外公社に本件金五〇万円を貸しつけるに至つたことが認められる。従つて、本件貸付は控訴人が関与してなされたことは明らかである。

次に控訴人は、本件貸付は法及び定款の禁止する非組合員に対する資金の貸付には該当しないと主張するが、その主張のように、訴外公社が被控訴組合から出資を受けているからといつて組合員となるものでもないし、法及び定款は組合員でない者に対する貸付を例外なく禁止しているのであつて、たとえ、被控訴組合から出資を受けている訴外公社が経済的窮乏にある場合であつても、これを援助するために貸付をすることが必ずしも被控訴組合の利益になるものとは限らないし、また被控訴組合の利益になるからといつて、貸付をなすべき法律上の義務があるものでもない。控訴人の主張は全く独自の見解で、これを採用することはできない。

控訴人は、また、被控訴組合より訴外公社に対する右貸付は、一石入白絞油ドラム罐一七本、米糠食用油ドラム罐一本で代物弁済を受けて決済ずみであるから、被控訴組合は本件貸金により何ら損害を受けていないと主張するが、証拠によれば、訴外公社は欠損つづきで、被控訴組合に対する本件借受金を返済する資力もなく、代りにドラム罐の油一七本を一本三二、〇〇〇円の割で引き取つて貰いたいと被控訴組合に申し入れたが、現金でなければいけないと拒絶され、そのうち右の油も他に処分されて被控訴組合には全然返済していないことが認められる。

してみると、被控訴組合は本件貸付により貸付金五〇万円に相当する損害を蒙つているものというべく、この損害は組合長であつた控訴人が被控訴組合に対し負担している忠実にその任務を遂行すべき義務に違背したことによつて生じたものと解すべきであるから、控訴人はその義務不履行による右損害賠償すべき義務あるものといわなければならない。尤も本件貸付当時には、農業協同組合法第三一条の二第一、二項の規定はなかつたのであるが(右規定は昭和二九年法律第一八四号により加わる。)、かかる規定がなくても、産業組合の理事は法人たる組合の機関としてその業務を遂行するものであつて、他人の事務を処理するものに外ならないから、理事と組合との間には民法の委任に準ずべき法律関係があり、従つて委任に関する民法の規定を準用すべきものと解するのを正当とすべく、而して民法第六四四条によれば受任者は善良なる管理者の注意をもつて事務を処理する義務を負うものであるから、産業組合の理事も当然この義務を負うものと解すべきであるとしてこれを棄却した。

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